レトロと水辺と石橋と その1


2007年8月4日





台風が通過した直後の曇りがちな早朝、私は大分県の国東半島に来ていた。昨年時間切れで入れなかった豊後高田の昭和レトロ博物館に行くこと位しか目的を決めずに、とりあえず大分の国東半島までやってきてしまった。

まずはどこか綺麗な川はないか探してみようと思ったが、台風が去った直後の川は増水していて入るどころではなかった。しかたなく河口に行ってみると、いい感じに干潟が現れていた。確か6時が干潮のピークだったはずなので潮は満ちつつあるが、短時間なら生き物観察はできるだろう。空は曇って、暑さもしのげそうだ。

干潟に下りて10分後、突如現れた太陽は容赦なく干潟を照りつけはじめた。何という暑さだ。海辺というのに風も全くない。こりゃたまらん。満ち潮を待たずに干潟観察は終了。夕方にまた潮が引くので、再度リベンジすることにしよう。





国東半島といえば石仏が有名である。今まで特に見に行こうと思ったことがなかったので、涼みがてらに石仏を巡りつつ豊後高田へ向かうことにする。
国道10号線を移動途中に、突然見事な2連アーチ型の石橋が目に入った。車を停めて国道にかかる新しい橋の方からその姿を眺めた。

この橋は明治時代に架けられた「赤松橋」というらしい。橋へと続いていた道はなく、役目を終えた今では国道を行き交う車を静かに二つの目で眺めながら、時代の狭間にひっそりとたたずんでいるように見えた。そういえば大分も石橋がとても多いのであった。この橋との出会いをきっかけに、石橋巡りが今回のスケジュールに組み込まれることとなった。




さてまずは最もメジャーな石仏といわれる「熊野磨崖仏」へと向かった。受付で拝観料を払うと「杖を持っていって下さい」と言われた。すごい山道を上らねばならないのだろうか。涼しさを求めてきたつもりなので、少し不安にかられる。しかし沢沿いの坂道は丸太の階段があり、全然険しくなくて安心。と思ったのもつかの間、その先に大小不揃いの石が荒々しく並べられた石段があった。

この石段は鬼が一晩で作ったという言い伝えがあるらしい。石段の高さはたいしたことないが、それよりも何よりも苔むした石の表面が滑る滑る。こんなことならサンダルではなく磯用のシューズを履いてくれば良かった(下調べは必要ですね)。 ビクビクしながら上っていたら、上から降りてくる人が滑って転んでしまった。やっぱ恐えぇ。





ようやく石段を上り終えると、岩に彫られた「不動明王」が姿を現した。日本最古・最大の磨崖仏らしい。この角度から写真を撮ったら、いかめしい不動明王の顔が、微笑んでいるように見えた。ミラクル。





熊野磨崖仏の案内板を見ていたら、近くに「元宮磨崖仏」というのがあるらしいので行ってみた。こちらは凹凸が浅くて写真では少しわかりずらい。一番右の人の顔の部分が四角く削られているのは意味があるのだろうか。

石仏の近くの信号で、4歳位の小さな女の子がビニール袋を下げて信号が変わるのを待っていた。田舎の道なので交通量は多くはないが、見ていて不安になってしまった。ちゃんと渡れるかなぁ・・・ ふと近くに男性の姿があるのに気付いた。どうやらこの子のお父さんのようだ。お使いの練習をしているのかな。タバコをふかしながらも、とても心配げなお父さんの表情。そんなお父さんと野次馬の私の心配をよそに、青信号で元気よく手を上げて横断歩道を渡る女の子のニコニコ顔がとても眩しかった。




続いて向かった「川中不動」。文字通り川中の大岩に不動明王像が彫られている。水辺と石仏のコラボレーション。これは涼しげでよろしいではないか。

近くの食堂でソバをすすりながらパンフレットを見ていたら、真横の天念寺では修正鬼会という祭りが2月に行われるらしい。この祭りは赤鬼と黒鬼が屋内で火のついたたいまつを振り回して暴れまわり、見物客は無病息災を祈願して鬼達にたいまつでぶったたかれるという。勇壮というよりデンジャラス。でも面白そう。 来年ぶったたかれに来ようかな。